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誕生日は自分で選んで生まれてきたの?

日に生まれると書いて『星』。
四柱推命は生年月日から自分の持つ『星』を出していきます。

その生年月日は、自分が選んできているのか、いないのか?

わたしは直接聞かれたことは無いけれど、聞かれる鑑定師さんも多いようです。

誕生日に関する2つの説

個人的には「自分で選んできた説」を採用してます。

この説の反対派は「こんな人生望んでなーい!」だから自分で選ぶはずなーい!というもの。

まぁ、そう言いたい気持ち、わからなくもない。わたしもそう思っていた時期があるから。

だけど、望んでいないなら捉え方を変えてみたら人生変わるかもよ?と言いたくはなる

ちなみに、わたしの四柱推命の師匠は科学的根拠から「すべては偶然のたまもの説」を採用してます。

現在の科学では自由意志は存在しない、と。成功するかしないかも、量子論的にはランダム。

この説は潔くてカッコ良いけど、ウキウキワクワクしないし、わたしの価値観とは合わないのでこちらは不採用。

”誕生日は自分で選んできた説”を採用する理由

わたしが「自分で選んできた説」を採用しているのは、自分の誕生日が大きく関わっているから。

わたしの誕生日は330日。
学年の切り替わりは42日生まれから。

これだけ見てもギリギリだけど、わたしは第一子で逆子でした。

胎内で赤ちゃんの頭が上で足が下の状態。

出産時に逆子のままではリスクが高いので、体操などするもそのまま。44日に帝王切開で生まれる予定でした。

が…
3月29日の夕方。

「病院のご飯がマズイ」と言った母のために、友達がケーキやコロッケを大量に持ってきたそうで。

少しは遠慮すれば良いのに、久々に美味しいものを大量に食べて大満足の母。

胃がもたれるなー(当然だよ)と思いつつ就寝。

その翌朝、急に腹痛と吐き気に襲われトイレに駆け込む母。

大きなお腹を抱え、トイレの中で動けなくなりその後すぐ

あっという間の出来事だったそう。

一応、確認しましたが、ちゃんと分娩台で生まれたそうです🤚

本当は44日に帝王切開のはずが、あまりにもひどい胎内環境に耐えきれず、330日にリスクを冒して自らこの世に誕生。

母も「美紀が勝手に出てきちゃったのよ」と言ってたくらい。

これも偶然といえば偶然だけど、わたしは自分の意思でこの世に出たと信じてます。

だって、ケーキとコロッケに押しつぶされたまま胎内に止まっていたら、予定通り44日に帝王切開だったわけで。

そうなると学年が1つ違うので、今とは何もかもが変わってしまう。

学年が違っても、(頭の具合で)同じ学校に進学する可能性はある。

だけど新卒2年目に倒産した会社は、わたしが入社した年以降、新卒採用は見送っていたので、1年違えば入社することはなかったし、その後転職を繰り返すことも、今のような働きからをすることもなかったはず。

もちろん、出会う人だってそう。

全く違う人生になっているはずなので、これまで出会えた人たちにも会えなかったし、こんなに楽しいことをたくさん味わえなかった。

最近特にそう思う。

尊敬する人、憧れの人、素敵だと思う人たくさんの人に出会えたから。

もし出会えなかったらなんて考えたら悲しすぎる!

誕生日を選んできたかどうかより、大切なこと

誕生日は自分で選んできているか?

どちらを採用するかは、しっくり来る方を選ぶと良いと思います。

科学では片付けられないこともあるし、絶対はない。
どちらも証明しようがないので。

どちらを採用しても正解も不正解もないです。

この世に生まれたことがキセキ。
出会えたことがキセキ。
だから全力で人生楽しまなくちゃ❣️

誕生日を選んできたかどうかより、こっちの方が数億倍大事ですよ。

Siempre hay razón para vivir
(生きる理由はいつもある)

自己理解、自己肯定、自己受容のその先へ